ていった。婆さんが三度目にそうした時、私のと反対の電車が来た。婆さんはそれに乗った。三人ばかりの他の客もそれに乗った。そして三四人の者が後に取り残された。急に寒くなったような気がした。待合所の中へはいって火鉢の中を覗くと、消えかかった白い炭が灰の中からかき出されたまま転っていた。足の先をかざしてみたが、少しも暖くなかった。私は壁に掛ってる時間表や地図や広告のビラなどを眺めたり、片隅に置いてある肥料の切れたらしい鉢植の菊を嗅いでみたりした。その間かの男は歩廊の縁を行ったり来たりしていた。待合所の硝子の窓越しにその姿を見ていると、私もその真似がしてみたくなった。で外に出て、歩廊の反対の縁を歩いてみた。一歩ふみ外せば、三尺ばかりの低い線路だ。黒ずんだ枕木と砂利との上を、二条のレールが走って金属性の冷たい青白い光りに輝いていた。そして電灯の光りが透さない遠い闇の中に、吸われるように消えていた。
 どうしたのか電車はいつまでも来なかった。反対の電車がも一つ通りすぎても来なかった。乗客は六七人になった。皆待ちあぐんでいた。何か故障があったのではないか、人でも轢いたんではないかしら? 私は不安になっ
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