ことが、最後の疑問として残った。或は警察の者ではないかとも思えたが、それならば、あんな風に私達の前をうろつき廻ったり、こちらに気取られるようなへまな真似をしたりする筈はなかった。否第一、もっと直接に私達に注意するに違いなかった。それでは?……私達は遂に次の結論に達した。――あの男は屹度、或る旧式な教育者か成金か貴族か、何でも金があってそして隙な人間の手下に違いない。自分の娘等が私達のために「脅かされた」ことがあるので(私達は実際立派な服装をした若い娘に話しかけたこともあった)、私達を「不良青年」とでも思って、「現行犯」を捕えて懲戒してやろうと思ってるのだ。そして余計な道義心と金と男とを使ってるのだ。
 この考えは私達の気に入った。なぜならそういう奴等が居るからこそこの社会が浅薄で形式的で余り融通がきかなすぎて面白くないのだ、と私達は思っていた。
「兎に角こうなったら、一つ素敵な芝居をうってみようじゃありませんか。」と村瀬は云った。
「そうですね。何か名案がありますか。」
「ええ、面白いことがあるんです。」
 村瀬は私の耳に囁いた。私はすっかり喜んでしまった。
 ――あの男は私達の「現行犯」を押えようと思っているに違いない。それで懇意な女を連れて行って、前から手筈を定めてあの歩廊の上で婦人誘惑の芝居を演じることにする。それには彼奴が来ていないと損をするから、次の火曜は休んで、金曜に実行する。もし捉えられても立派に弁解は出来るし、捉えられなくても兎に角素敵な芝居にはなる。
「誰か適当な女は居ませんか。」
「さあ、僕にはありませんがね。」
「では僕が連れて来ましょう。僕の家のすぐ近くのレストーランの女中に、そんなことの好きなのが一人いますから。その代り役者には君がなるんですよ。知った間だと中途で放笑《ふきだ》したりなんかすると折角の計画が無駄になりますからね。」
 私は承諾した。
 多少危険だという気もしたが、どうせそれ位までゆかなくては腹の虫が納まらないような気もした。これ位のことはしてやってもいいとも考えた。またうまくいって彼奴と一緒に笑い出して、一寸そこいらまで案内して、うち解けながら談笑するのも愉快だと考えた。その男を使ってる「閑人《ひまじん》」も惨めだが、その男は一層惨めで、救済してやる必要がある、とも考えた。
 私は次の金曜日を待った。
 所がその金曜日になる
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