合がわるかろう。」
 そして彼等は、薄暗い狭い階段をのぼって、二階の室におちつき、そこで、簡単な夕食をすませて、碁など打ちはじめた。
 ところで、この二階は、六畳と長四畳との二間続きになっていたのが、階下の酒場とは別種のもので、その建物全部の所有主となってる波多野洋介の、謂わば私室だった。まだごく簡素な調度品が備えてあるきりで、どうにか書斎とも応接室ともつかない恰好だけを持っていた。だがここで、実はいろいろなことが行われたのである。――その一例として、この物語に関係のあることを述べれば、片隅の卓子の上の瓶に、数匹の蛭が泳いでいた。建物の反対側、つまり表側に、刳貫細工物問屋の一家が住んでいて、そこの肥満した主婦が、肩の欝血の凝りをなおすために、昔風な蛭療治をしていた、その蛭の幾匹かを貰ってきたのである。
 この下等な吸血虫は、甚だ根強い生命力を持っていて、飢餓状態に放置されれば、その体積が十分の一ほどにまで萎縮するが、それでもまだ生きている。そのため、いろいろな実験に使われる。――そういうことが話題になった時、秦啓源は更に変なことを言い出した。――蛭を太陽の光りにあてて乾しておけば、すっ
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