ことを、秦は楽しそうに、思い出のように語って、酒を飲んだ。
「その銀杏について、僕は面白いことを発見した。」
 それがまるで他国のことででもあるような調子で、波多野は話した。
「僕の家の近くに神社があり、その境内に大きな銀杏の木が聳えている。この木のそばに稲荷様がある。稲荷様には、君も知ってる通り、本堂があって、それから少し離れたところに、お蝋所と称する場所、蝋燭や種油などの灯明をつけて祈念する場所が、たいていあるものだ。そして普通は、このお蝋所の方に、赤い鳥居などが立ち並んでいる。僕の近くの稲荷様も、そうだった。そして秋になると、隙間もないほど立ち並んでる赤塗りの鳥居に、黄色い銀杏の葉が降りかかる。その黄色い花吹雪の下の赤いトンネルをくぐって、お蝋所にお詣りをする女の姿など、一種の風情があった。
「ところで、こんど僕が中国から帰ってみると、空襲のために、神社は焼けていた。稲荷様の本堂は残っていたが、お蝋所の前の幾十本とも知れない鳥居は、すっかり無くなっていた。焼けたのではなく、多分、燃料にでも使われたのだろう。近所の人々が相談の上で取り払ったのか、或は盗まれてしまったのか、それはどう
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