相当に客があるので、それを避けてか、或は他にわけがあってか、秦や波多野は、多くはまだ日差しの明るいうちにやって来て、楽しげに川蟹をつついた。互いに電話で呼びだすこともあった。「今日は蟹があるよ。」というだけですべてが通じた。
 酔ってくると、秦は上衣のポケットから一掴みの銀杏の葉を取り出すことがあった。銀杏の葉はもう黄色くなって、風に吹き散るには早いが、ちらほらと落ち初めてる頃だった。その落葉の中から、形の完全な美しいのを選り拾って、ポケットにつめこんできたのである。それを彼は一枚ずつ、食卓の上に並べて、楽しんだ。卓上がまっ黄色になることもあった。――街路でか、またはどこかの広場でか、それだけの銀杏の葉を拾い集めてる彼の姿を想像すると、波多野は心からおかしがって笑った。だがそのおかしさは、秦には全く通じなかった。彼は腑に落ちない顔つきで、黄色い葉を一枚ずつ取り出して卓上に並べた。
 銀杏はまた鴨脚樹とも書く。或る地方では、子供たちが、銀杏の葉を鴨に見立てて、それを川に泳がして遊ぶ。それは流れる水の上では長くは浮かない。各自は自分の鴨を川に放って、長く泳いだのが勝ちとなる。――そのような
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