めるとか顔色を読むとかいうのではなく、眼の中をじっと見入って、眼の孔から心中を覗きこむという工合だった。とっさに、私は感じた。この二人は前から知り合いだったのだ。然しそれならばなぜ、相手方に関する私の話を、二人とも黙って聞き捨てたのであろうか、他人に知られたくない秘密が二人の間にあったのであろうか。疑惑が私の胸に萠した。
 二人はじっと見合った後、殆んど無表情のまま、手を差し伸して、固く握手した。
 後で私の知り得たところでは、彼等は、或る文化的会合で顔を合せたことがあった。二人ともあまり饒舌らなかったが、時に意見を吐露すると、それがふしぎなほど合致して、遂には二人だけの対談のような調子で口を利いたらしい。それでも二人は、誰からも互いに紹介されることなく、名前も知らずに別れたらしい。但し、その時の話題や彼等の意見がどういうものだったかは、明かでないし、茲に詮索する必要もなかろう。それ以外の彼等の交渉については、私はなにも知らない。そして私のちっぽけな疑惑などは、その後の彼等の親しい態度のなかに解消してしまったし、焼酎や紹興酒や川蟹のなかに飛散してしまった。
「五郎」は夕刻から宵にかけて
前へ 次へ
全25ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング