のため、僕は少し悩まされた。」
無理にそう言ってるようなふしがないでもなかった。そして彼はまた考えこんだが、やがて話しだした。――私が前に述べたところは、その時聞いたことやその後に聞いたことを綴り合せたものである。
然し、彼の話は中断された。魚住千枝子が戻って来たのである。
千枝子は心持ち蒼ざめた顔をしていた。そして落着き払っていた。
「僕は驚嘆しました。」と秦は彼女に言葉を向けた。「あなたは実に平然としていました。全く平然としていました。」
「あら、そうでしたかしら。」
そして彼女は一抹の微笑を浮べた。
「あなたは、あれとは別なことを考えていたようです。何を考えていましたか。」
「何にも考えてはおりませんでした。ただ、ちょっと気がかりなことがありました。」
次の言葉を皆は待った。彼女は真面目に言った。
「あの神子のひと、少しびっこのようでした。どちらの足がわるいかは分りませんが、少しびっこのようで、それが気になりました。」
全く期待にそわない言葉だった。誰も黙っていた。がその沈黙のなかで、波多野はまじまじと彼女の顔を見つめた。その視線のもとで、彼女は突然頬に血を漲らし、そ
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