人の願いを殊勝なものと見たらしい。但し、祈祷の現場には、彼等夫妻も遠慮して同席しなかったほどだから、ただ照顕さまの思召しに依って……という条件がついていた。
 魚住千枝子がやって来ることを、波多野はへんに気にしていた。大田を通じて西浦夫妻に話がなされたというそのことではなく、照顕さまと彼女とを結びつけることに、なにか危惧めいた思いがあったらしい。
「女が出るべきところではないんだが……。」と彼は私に囁いた。
 そしてその夜、七時頃であったろうか、照顕さまからお許しがありましたから……と西浦からの伝言があった時、波多野は眉根に深い皺を寄せたが、次には甚だしく冷淡な態度を取った。
「僕はここで酒を飲んでるから、君たち、ゆっくり行ってきたまえ。」
 そして彼は大田を呼んで、蟹と酒をたのんだ。
 其処から西浦一家の住居の方へ行くには、廊下からの通路が板戸で閉鎖されているので、階下へおりて、料理場裏の狭い非常口を通らなければならなかった。
 魚住千枝子が先にたち、秦啓源があとに随い、大田に案内されて行くと、すぐに二階の奥座敷へ通された。
 祈祷の用意は出来ていた。
 意外なほど簡単な仕度だった。
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