でもよろしい。とにかく、赤い鳥居の列が無くなってしまった。
「それでも、お蝋所に祈りに来る人たちは絶えない。鳥居が無くなったことなど、彼等の祈念には何の影響もないのだ。お蝋所は、一種の洞窟みたいなところで、狐格子が立てきってあり、それに、紅白ないまぜの布や、女の長い髪の毛や、何だか分らない紙片などが、結びつけられていて、中は陰々と、薄暗い。そこで僕は思った。その狐格子をも取り除いてしまったら、どうであろうか。彼等信仰者たちは、やはり祈りに来るであろうか。きっと来るに違いない。ところで、そこにあるのは何か。鏡か木彫か石彫か陶器か、それも恐らくは下らないもので、つまりは一塊の石に過ぎないだろう。その一塊の石に、彼等はやはり祈念を凝らすだろう。そうなると、一塊の石に人の祈念がじかに連結する。これはどういうことだ。原始時代に立戻っただけのことだというのは、一応の解釈に過ぎなくて、救済にはならない。」
「救済しなくてもいいよ。」と僕は焼酎を味わいながら言った。
「赤い鳥居の列に、黄色い銀杏の葉が散りかかって、その下を若い女がしとやかにくぐってゆくところなんか、いいじゃないか。」
そういう情趣にはまるで無関心のように、秦は卓上に銀杏の葉を並べ続けた。
「いや、銀杏の葉は、平地に散っても綺麗だ。救済するには、その一塊の石を、取り除くことだ。」
「そうだ。それを僕も考えてる。」と波多野は応じた。「然し、石を取り除き、地ならしして、平地にしてしまっても、そこにはまた、靄が立ちこめるように、一種の濛気が立ちこめてくるかも知れない。偶像を破壊した後にも、まだ、霊界とでもいわれるものが残るからね。」
「それは残る。」
「それをどうするんだ。」
「非情で対抗する。」
「非情は信念であり理想であることは分るが、然し、それは僕たちの間だけのことで、一般にはなかなか通用しない。僕自身にしても、非情に徹しられないことがあるからね。」
「それは、僕にもある。」
そして彼等は、ふしぎにも、悲しそうでなく、却って気楽そうに、顔を見合って微笑した。然しそれは、私の理解する限りでは、彼等が不真面目だったというわけではなく、互いの深い信頼から来たものだったらしい。
波多野は微笑をやめて言った。
「それで……大丈夫かね。」
「あのことか、心配いらない。少しは経験もある。然し、酒はもうやめよう。酔っていては都
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