きとめ、しばしその顔を眺めていましたが、俄に身震いをして、彼女を軽々と胸に抱きあげ、彼女の私室へ駆けてゆき、その寝床に彼女を横たえ、それから室の外に向って、大声に人を呼びました。
 冷紅がやって来、大勢の召使たちがとんで来ました。
 崔範は意識を失ったまま、ただ細い呼吸を続けていました。

 月光の美しい晩のことでありました。広庭の小亭で、二十五歳ばかりの青年がただ一人、ウイスキーを飲んでいました。白皙な顔容に長髪、クリーム色の背広服に革の白靴、崔家ではちょっと異様な身装でした。崔範の甥に当る者で、曹新といって、幼い時から崔家に引取られ、外国へ行って社会学を修め、帰国後もなお北京にいて勉強を続けていましたが、崔範の病気に慌ててかけつけて来たのであります。
 彼は何か物憂げな様子で、ウイスキーのグラスを幾杯も空けていました。
 そこへ、殆んど足音も立てず、古ぼけた目立たない支那服の徐和が、やって来ました。
「何か持って参りましょうか。」
「うん、いいよ。」と曹新はそっけなく答えました。
 徐和はウイスキーの瓶を取上げ、酌をしました。
「北京からお持ちになりましたのですか。」
「そう、万一
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