ます。」
 曹新は立上りました。
「ですから、何処の何者とも知れない他人のお医者に、奥様のお身体を任せるなどということを、御承知になる筈はございません。」
 曹新はつっ立ったまま、徐和の顔をじっと見ましたが、その表情に何物も読み取ることは出来ませんでした。月明りで見る徐和の顔は、まるで木の面でもかぶったようでありました。
「君は本気でそんなことをいってるのか。」と曹新は徐和のそばにつめ寄りました。
「はい、嘘は申しません。」
「それなら、尋ねるが、君はふだん、伯母さんを……好きだったのかい。打明けてくれないか。」
「滅相もないことを仰言います。奥様を御大切には思っておりますが、召使の身分として大それた考えは決して致しません。」
「然し、伯父さんは僕に、医者とか医学とかを信用しないといって、昔風の煎薬と塗薬とだけを頼りにしていられるが、それと、君が今いったことと、どちらが本当だろう。」
「どちらも本当でございましょう。」
「どちらも本当……。」
 曹新は何かにぶつかったように口を噤みましたが、ふと調子を変えました。
「も一つ、杯を持って来てくれないか。」
「はい、何になさいますか。」
「なんでもいいから、持って来てくれ。」
 そして月の光の中を、歩きまわりました。
 やがて徐和が、水瓜の種と落花生とを盛った皿と、グラスを、銀の盆にのせて持って来ますと、曹新は彼を自分の横に坐らせて、ウイスキーをついでやりました。
「いろいろ君に聞きたいこともあるから、まあ、飲みながら話そう。」
 徐和は素直にグラスを受けました。
 曹新は声を低めて、ゆっくりといい出しました。
「君はいろいろ知識もあり、頭もよく、それにもう相当な年配になっていながら、伯父さんのいうことには何一つ逆らわず、こんどの伯母さんのこともそうだし、全く盲従しているようだが、それは一体、どういうわけかね。」
「私は召使の身分でございます。」
「召使はそういうものかね。」
「それにまた、これはいつぞや申したことでございますが、私の親父はもと旦那様と御懇意を願っておりまして、何かとお世話になったこともありますそうで、その親父が亡くなります時に、善悪ともにこちらの旦那様のために尽すように、善悪ともにと、くれぐれもいい遺しました。」
「善悪ともに……。」
「はい、これはもうどうにもならないことでございます。」
 曹新は黙り
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