でしょう。」
「本当だよ、この眼で見たんだから。そのわけは僕にもよくは分らない。けれど、いろいろのことから察すると、伯父さんはなにか政治上の危険な秘密な運動に加わっていられるらしい。よく上海方面に旅行されたり、怪しい男たちが商人にばけて来て、奥の室で長い間話しこんでいったりするだろう。昔、青島の海からあがったという壺の中の金銀の話も、どうも嘘らしい。そういうことを徐和が知っていて、ただじっと見ていたらしい。」
「それで、お父様の立場が、危険になったというの。」
「まあそんなこともあるだろう。それから、伯母さんが倒れられた時、徐和が抱きとめたり、いろいろ手当したりしたのをきいて、伯父さんはひどく気を悪くなすったそうだ。」
「どうしてでしょう。」
「どうしてだか、まあ……伯母さんは、伯父さんにとって、ひどく大切なものだったんだね。だから、いくら勧めても、医者にもおかけなさらなかった。結婚の時も黄絹七反、紫絹七反、毛皮三枚、五つの五色の宝石を、お贈りなすったという評判だろう。無理に買い取りなすったようなものだ。」
「いいえ、それは違うわ、違ってよ。お母様は、その残りのものかどうか分らないけれど、黄絹と紫絹と五色の宝石を、たいへん大事にしていらしたのよ。それで、お亡くなりになった時、私一人で、ちょっと棺のそばにいさして貰ったでしょう。あの時、私、その黄絹と紫絹と五色の宝石を、棺の中へ入れてあげたのよ。お母様のお望み通りにしたのよ。」
「え、本当なの。」
崔冷紅はうなずきました。曹新は考えこみました。そして二人とも暫く黙っていましたが、崔冷紅はふいに涙ぐんで、ハンカチを口にくわえてすすり泣きました。
「どうしたの。」と曹新は尋ねました。
「だって、お兄さんは、つまらないことばかり気にしているんですもの。」
曹新は言葉につまって、立上ってその辺を歩きだしました。それから戻ってきて、崔冷紅の肩に手をかけて、いいました。
「ねえ、も一度北京に出て、勉強してみる気はないの。」
崔冷紅は頭を振りました。
「お父様が、とてもお許しにならないわ。」
それきり、二人は口を噤んでしまいました。時間がたって、槐の木影が次第に移ってゆきました。
曹新は、決心の眼を宙に据えていいました。
「僕はやはり、今日出立しよう。伯父さんにお逢いしない方がよさそうだ。伯父さんが帰られたら、こう伝えてお
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