ないものではあるまいか。すべてが覚束ないのだ。もう書類の整理などを彼は始めているが、その彼を、彼の存在を、横目でちらと眺めてみて、覚束ないと私は感じた。
 室全体の雰囲気が、鬱陶しく、そしてもの悲しいのだ。誰の仕業か、窓際の小卓に野菊の一鉢が置いてある。萎れかかった薄紅い花群に、蝿が二つ三つじっととまっている。花はやがて枯れてゆくだろう。蝿はやがて飛べなくなってしまうだろう。
 私は仕事を投げ出して、煙草を吹かした。言い合わしたように、皆が煙草を吹かしていた。そのくせ、誰も黙っていて、互に顔をそむけてるのである。
 一枚の通牒が廻ってきた。主任梅田の署名で、読後に各自サインをしてくれとの注意がしてある。
 ――今日堀田君は、専務から円満辞職を勧告されて、承諾したそうである。今後も、斯かる事態はあり得ることと予想される。就ては、われわれはわれわれのポストを強化するため、明日正午から一時までの休憩時間に、われわれだけの懇談会を開くことにしたい。もれなく出席されるよう希望する。なお、この際、円満辞職を聊かなりとも望まれる向は、考慮の上、明日午前中、小生まで内々申出でを願う。斯くすることによっ
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