は煙草を吹かしている。誰も暫く口を利かなかった。やがて笠原がまた尋ねた。
「君は、それを承知したのかい。」
堀田は笠原の方を向かず、窓の方を見ながら答えた。
「饒舌るだけ饒舌らせて、最後に承知してやった。どうせ、僕が首切られることは分っている。退職金でも貰って、職場転換だな。」
馘首流行の時代だ。政府の方でも人員整理。民間でも人員整理。そしてこの会社でも既にそれに着手しているし、われわれの室では堀田が槍玉にあがることは、暗黙のうちに分っていた。従業員組合というものが出来てはいるが、規約などもいい加減なもので、この会社のような形体では、経営者側に対しては全然無力なのだ。その上先方には、他の姉妹会社へ転任させて苦境に立たせるという手段もある。この職場転換には、一ヶ月ほど前、同僚の原野がすっかり困却した例がある。堀田はいま、職場転換だとうまいことを言った。
だが、彼はこれからどうするつもりなのであろうか。退職金とて、五万かせいぜい十万に過ぎないだろう。そんな金で何が出来るものか。彼には妻と二人の子供がある。財産はないらしい。或は前々から何等かの心算があったのかも知れないが、それとて覚束
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