つも彼は平然としていた。朝の出社に遅れることはあっても、夕方の帰りを急ぐことはなかった。口数が少く、ものぐさで、ひとを喰ったようなところがある。
 その堀田が、ふだんから蒼白い顔を、なおすこし蒼ざめさして、席に戻って来た。卓上に肱をつき、へんな苦笑を浮かべて、煙草を吹かした。
「どうしたんだい。」出しゃ張りの笠原が真先に尋ねた。
「なあに、円満辞職の勧告だよ。」そして彼はまた苦笑した。
 その苦笑が、実に変梃なのだ。私はそのような苦笑をめったに見たことがない。彼は髪の毛を短かめに刈り込み、強度の近眼のため目玉が飛び出してるように見え、頬は蒼白いが肉附が厚ぼったく、※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]は円く短い。その頬に、ゆらゆらと震えるような皺を軽く刻み、飛び出てる目玉を据えたまま、一文字に結んだ口を長く引き伸し、鼻下をへんにくしゃくしゃにして、苦笑したのである。そのまま待ち続けても[#「待ち続けても」は底本では「持ち続けても」]、笑い出しもすまいし、泣き出しもすまいし、ただ屈辱に甘んじてるだけの、卑屈な印象を与える。その苦笑はすぐに消えたが、私の心に暗い影を投げ入れた。
 堀田
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