は意識して、憂欝な笑みを浮かべた。
「原子爆弾なんか、どうだっていいさ。僕には何の関係もない。」
私はぼんやり、原子爆弾の話を笠原たちがしているのを、耳に入れていた。ソヴィエトが原子爆弾を所有していることが世界に公表され、国際政局に新たな波紋が描かれてきた、そういう新聞記事が一般の話題になってる時だ。然し誰の意見も、新聞記事の埓外には出ず、つまらぬ臆測をこね廻してるに過ぎなかった。そして不思議なことには、原子爆弾を怖れながらも、戦争を望むかのような気分が漂っていたのである。日本は戦争の当事者ではないから、もう原子爆弾は落されない、という想定のもとに、戦争は起るかも知れないと冷淡に忖度してるのである。平和はどこへ行ったのであろうか。
「それでも、戦争はどうなんだい。」と笠原は言う。
「戦争だって、僕には何の関係もないさ。」
私の憂欝は皮肉になり、私はもうそれきり口を利かず、自分のデスクに戻った。
横手の席が空いていた。堀田の席だ。専務に呼ばれたきり、長く戻って来なかった。おかしな男である。事務が粗漏でそして怠慢、というのが彼に対する重役連中の一致した意見だ。しばしば叱責されたが、い
前へ
次へ
全24ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング