た電車で疲れ、会社の事務でまた疲れた。算用数字がやたらに並んでる紙片を、分類し系統立てて、書記の方へ回すのである。書記は黙々と謄写している。カーボン紙のインクがにじめば主任に叱られるので、ペン先きを機械のように動かしている。衝立の向うからは、タイプの音が断続的に聞えてくる。かすかな笑い声も時々するが、それだって、退屈しきってる笑い方だ。
 不思議な会社である。統計だとか、商事だとか、製作だとか、別々の会社になっているが、同じビルの中に雑居していて、大元は一つのものだ。代理販売部までもある。進駐軍関係の委託の仕事が、最近先方に接収されてしまったので、人員はだぶついている。午の休憩時間は、二時頃までだらだらと延びる。それもまた却って、こういうオフィスでは退屈の種だ。
 タイプの音が一番先に初まる。窓際に頬杖をついて、そのがちゃがちゃした音を聞いていると、私はふと、千葉に住んでる姉のことを思い出した。いつか訪れた時、姉は忙がしくミシンを踏んでいた。今年から小学校にあがった男の子があるのだ。その姉の癖まで、まざまざと見えてきた。
「敏夫さん、どう、お元気?」
 口許に大きな然しかすかな笑みを浮
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