だ。
 それと共に、ふっと、堀田の卑屈な苦笑が浮んでくる。それが、私の微笑と重なり合ったりずれたりする。いずれにしても、二つは確かに違っていた。彼のは苦笑であった。私のは微笑であった。どこにその違いはあるのか。いくら詮索しても、智慧の輪解きのようなもので、手掛りはない。
 下らないことだ。酔った頭脳の戯れだ。そう気がついて、寝そべってたのを、むっくり起き上ってみた。
 小さな食卓の上に、銚子と盃があり、海苔巻きの鮨を盛った中皿が一つあった。酒の方は分るが、鮨はどうしたのであろう。私が註文したのだろうか。黒く光ってる海苔の肌が、たまらなく淋しく、私は盃を取り上げた。
 突然、びくっとしたほど突然、さよ子が音もなくはいって来た。番茶の土瓶を持って来たのだ。
「お酒はもう毒よ。お鮨をあがるといいわ。」
 茶碗に、湯気のたつ熱い茶をついでくれた。悲しさが突発して、私は身内が震えた。肥った彼女ににじり寄って、その膝に顔を伏せ、更に寄り縋って、その胸に顔を埋めた。静かに坐ってる彼女の肉体が、ぴくりぴくりと動き、それから温く私を包みこんでくれた。
「僕は悲しいんだよ。泣きたいんだよ。」
 言葉と一緒
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