に、ほんとに涙が出て来た。
「君はだれだい。あ、さよちゃんか。」
私はまた泣いた。
「ね、分ってくれるね。僕は淋しく悲しいんだ。人間てものが、悲しいんだ。胸に何か、愛情みたいなものが、いっぱいたまってきて、それを誰かに訴えたいんだ。」
「いや、大きな声をなすっちゃいやよ。」
「うん、分ってる、分ってる。」
私は彼女になお縋りついてゆく。
「誰かに訴えたいんだ。この胸いっぱいの愛情を、誰かに訴えたいんだ。でも、誰も彼も、みんな遠くにいて、僕は一人ぽっちだ。君は……あ、さよちゃんか。分ってくれるね。この気持ち、分ってくれるね。」
「また、大きな声をなすっちゃいや。」
私は声をひそめて言う。
「君は温かいね。ほんとに温かいよ。僕も君のように温かになりたい。僕を温めてくれ、もっと温めてくれよ。離しちゃいけないよ。僕はもう君を離さないよ。」
私は彼女に縋りつき、その胴を、腰を、抱きしめ、その胸に顔を埋めて、涙を流した。彼女は私の上にかぶさるようにして、じっとしている。その胸の動悸が聞え、呼吸の熱さが感ぜられる。だが私自身は動悸も消えてゆき、呼吸も消えてゆくようで、ただ涙だけが熱いのだ。私
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