った。相手が心して殴ったのであろうか。とっさにそのことを思って、私はとても惨めになった。よろよろと立ち上り、スタンドにつかまって、自分でも不敵なと思えるほどの卑屈な微笑を浮かべ、彼の方をじいっと見つめた。彼は一瞥しただけで、私から眼を外らした。みさ子がスタンド越しに彼の腕を捉えていたが、その手を彼は静かにはずし、紙幣を二枚投げ出し、私の方へはもう目もくれずに、悠々と出て行った。
「お怪我はなさらなかったの。あのひと、怖いのよ。」
 みさ子が囁くように言ったのへ、私はまた卑屈な微笑を返した。
「一緒に飲みたかったんだ。あの男の分も飲んでやるぞ。」
 虚勢を張るほど、ますます惨めになるばかりだ。中年の二人連れの客が、素知らぬ顔をして何か話しこんでいた。
 私は腰がふらついて落着けなかった。さよ子が手をかしてくれて、横手の三畳の小室に私はあがった。

 時間が途切れ途切れになったような、明滅する意識のなかで、私はさきほどの、自分の卑屈な微笑を自分で味っていた。今になってみると、もう惨めでもなんでもなく、却って安らかな和らぎさえも覚えるのである。憂鬱の底へと沈み沈み、落着くところへ落着いた感じ
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