た。私は顔が挙げられない気持ちだ。
「やきいもと、お酒と、なにか関係がありますの。」
「関係なんかあるもんか。酒なんてものは、酒なんて……飲むやつはみんなばかだ。幸福からの落伍者だ。そして、思い上りだ。やきいも……ただやきいもさ。」
 私は一息に盃を干して、あとを銚子からつぐと、酒は溢れて、スタンドの上を流れ走った。その行方を見ていると、そこに、薄茶色のしなやかな革の手袋があって、それに酒が少し触れた。さよ子が駆け寄って手袋の露を払い、スタンドを布巾で拭いた。
 今頃、十月にはいったばかりなのに、手袋はおかしい。手袋を受け取った男を見ると、いつはいって来たのか、黒のダブルの上衣に、赤っぽいネクタイをしめ、色眼鏡をかけた、長髪の若者なのだ。私をじろじろ眺めた。
「焼芋の先生、ひとの持ち物をよごしておいて、何か、挨拶がありそうなもんじゃねえか。」
 まだ酔ってはいないらしい。
「まあ、酒でも飲もうよ。」
「何を。焼芋の肴で酒が飲めるか、挨拶はこうするもんだ。」
 すばらしい早業だった。私は横面に平手の一撃を受けて、椅子から転げ落ち、尻もちをついた。頬に音はしたようだが、痛みはあまり感じなか
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