って、こんなところに働いていて、どこに拠りどころが、頼りどころがあるのか。
「ねえ、みさ子さん、さよちゃんもよ、こんなところやめちまえよ。」
「あら、どうして?」
「いいことを教えてやろう。やきいも屋を初めるんだ。」
「やきいも屋……。」
みさ子は珍らしく笑った。
「今年は、さつまいもが沢山出来てるんだぜ。あり余るほど出来てる。そこで、やきいも屋も初めるんだ。ほかほかの焼きたて……面白いじゃないか。」
「そんなもの、買う人があるでしょうか。」
みさ子はもう上の空の言葉だ。分らないのである。
「誰でも買うさ。珍らしいからね。おいしく焼いて、子供たちに安く売ってやれよ。女の子や男の子、小学校の生徒たちに、売ってやれよ。女学生にも売ってやれよ。若いお上さん、若い奥さん、みんなに売ってやれよ。そこから、人生の幸福が初まるんだ。」
私は悲しくなって、盃の上に顔を伏せた。
「まあ、たいへんな幸福ね。」
「そうさ。やきいもから幸福が初まる。だから僕は悲しいんだ。こんな、酒場なんかやめちまえ。やきいも屋になるんだ。ほかほかの焼きたて、幸福そのものじゃないか。」
みさ子は気を入れてじっと私を眺め
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