た。そして心では、他のものを眺めていた。――今頃、綾子はどうしていることだろうか。妻はどうしていることだろうか。姉はどうしているだろうか。姉の子はどうしているだろうか。堀田はあれからどうしただろうか。笠原はまだどこかで飲んでるだろうか。それから誰それは……。誰それは……。それらの影像が、霧を通してのように、現われては消え、消えては現われる。不思議と、父の姿も姉の家の義母の姿もすべて老人たちの姿は心に写らない。老人と若い者とは縁が遠いのであろうか。いや、老人はなにか生活的にしっかり根を下しているのだ。若い人々こそ、将来の長い生涯が不安定で、頼りなく憐れなのだ。若いサラリーマンは憐れだ。生活的に自立していない人々が、世の中になくならないものか。
ちきしょう。私はコップをスタンドの上にとんと叩いた。
「もう一杯。」
「そんなに……悪酔いしますよ。お盃になさいよ。」
みさ子が言い、さよ子が用をして、銚子と盃を私のところへ出し、にこっと笑った。
私に思いやりを寄せてるのだ。すると、私も憐れなのであろうか。ばかな、彼女たちの方こそ憐れじゃないか。戦争未亡人だの、女工上りだの、いくら取り澄した
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