た。ただ、彼は朗かであり、私は憂鬱だ。憂鬱の底から眺めると、彼の朗かさも人形のそれのようで、同情の念も湧かず、それがますます私を淋しくさせた。
「堀田のやつ、けちな退職金なんかで、どうするつもりかなあ。」
 朗かな笠原には、堀田に同情する余裕があったのだ。
「やきいも屋ぐらい出来るさ。」と私は言った。
「なに、やきいも……。」
「やきいも屋だ、やきいも屋だ。」
 淋しさが毒舌になってゆき、その毒舌が、しみじみと自分の心にしみた。

 ジョッキーを何杯か、そしてウイスキーの小瓶も空になり、私は笠原と別れた。
 暗い夜、掘割のふちを歩いていると、空の星が水面に降ってくるようで、なにか怯えた気持ちになる。
 その都心近くから、国鉄電車に乗り、途中で私鉄電車に乗り換えて、そして家まで、だいぶ時間がかかるのだ。
 乗換え駅の裏口のそばに、よい日本酒を安直に飲ませる家がある。盛りきりのコップでも、銚子に盃でも、どちらでもよい。宵のうちは客が込むが、遅くなると閑散だ。私は中途半端に飲んだ時とか、なにかやりきれない気持ちの時とか、そこに立寄る癖がついていた。
 ふらりと飛びこむと、客は少なかった。

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