の写真を見せたいんだもの。たしかお祖母さんが持ってる筈だから……。」
「もう見たくないからいいよ。」と周平は声を荒らげた。
 二人は黙り込んでしまった。周平はそれが苦しくなってきた。ぷいと立ち上って室を出た。保子へ碌々挨拶もしないで、下宿へ帰っていった。
 陰鬱に雲った空の下を歩いていると、自分の姿が如何にも惨めに思えた。しきりに路上の小石を下駄の先で蹴飛ばした。それに自ら気づいては、また厭な気持になった。
 何を自棄《やけ》くそになってるんだ! と彼は自ら自分に浴せかけた。少しく冷静になって反省してみると、恐ろしい気がした。自分の感情がどういう所まで転り出していくか、更に見当がつかなかった。僅かに一枚の写真のことではないか。あれほどこだわる必要は少しもなかったのだ。その上、隆吉に対するあのふてくされた態度は……。彼はひとりでに顔が赤くなるのを覚えた。隆吉に対して済まないというよりも、更に多く恥しかった。
 然し、祖母はなぜ吉川の写真を持って来なかったのか? それがどうしても腑に落ちなかった。隆吉の言葉に嘘はなさそうだった。それならば、隆吉にも云えない――もしくは、云っても分らない――
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