。」
 周平は更に追窮してやりたかった。然し自分の大人《おとな》げないのを顧みて止した。そして、二人の前には三四十分の無駄な時間が残った。週に一時間ばかりとの約束だった。それは実際、保子が云ったように、ただ名目だけの家庭教授だった。
 周平は勝手な図画や習字などで時間をつぶしたかった。然し隆吉はそれを好まなかった。いろんな話を聞きたがった。それをまた周平は好まなかった。じゃ歴史の詳しい話をしてほしい、と隆吉は云い出した。周平は時間つぶしに日本の神話を聞かしてやり始めていたが、それを続けるのもつまらなかった。ギリシャ神話なら興味もあったが、隆吉にはむずかしすぎるだろうと思った。……しまいには二人共黙り込んでしまった。退屈だった。
「散歩にでも行かない?」周平は云った。
「何処に?」隆吉は答え返して落着き払っていた。
 周平はその顔をじっと見戍った[#「見戍った」は底本では「見戌った」]。広い高い額の工合が、変に老成じみていた。孤児だという感じがした。
「隆ちゃんは、」と周平は云い出した、「お父さんの顔を覚えているの。」
「覚えてはいないけれど、お祖母《ばあ》さんが写真を持っているから、よ 
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