いうことが感じられた。彼はわざと云った。
「分ったの。」
「ええ。」と隆吉は澄して答えた。
「もう何にも分らない所はありませんか。」
「ええ。」と隆吉はまた答えた。
周平は読本を取って、それを読ましてみた。隆吉はすらすらと読んでいった。学校で教わらない所を読ましてみようかと、周平は考えた。然しそれは、教室の授業に対する興味を薄らがせることだった。復習の折に分らない点があれば、いくらでも教えてやらなければいけない。然し予習は、子供自身にうち任したがいい。たとい間違った解釈にせよ、子供自身の解釈を持って教室に臨ませるのが、教室の中を最も溌溂たらしめる所以である。そう周平は信じていた。それで彼は、学校でまだ教わらない部分に就ては、少しも隆吉に教えることをしなかった。然し隆吉は優秀な生徒だった。学校で教わったことはよく頭にはいってるらしかった。……彼はすらすらと読本を読んでいった。それでも一寸した間違いをすることがあった。周平は待ち構えていた。先刻からの小憎らしさの念が積っていた。その間違いを取り上げて、怠慢だと責めつけてやった。隆吉は平気だった。
「知ってるんだけれど、一寸間違ったんだもの
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