杯をさしつけてきた。
 周平はその顔をじっと見返した。
「飲むとも。」そして手のコップを差出した。「これでやろう。君も受けるんだぞ。」
「よし。」と竹内は答えた。
 周平はコップになみなみとつがれたのを、一気に半分ばかり干した。下を向いて煖爐から煙草に火を移した。今だ! と考えた。頭がはっきりしていた。彼はコップを卓子の上に置いて、竹内の金縁眼鏡が光ってる辺へ見当を定めながら、吸いさしの煙草をぱっと投げつけた。火の粉が飛び散った。竹内があっとひるむ所を、足を払うと同時に殴りつけた。力任せの拳固を二つ喰わせるまに、竹内はばったり倒れた。
 一瞬間のことだった。周平は底の知れない静寂を感じた。皆が惘然とつっ立つ間に、つと身を飜して、帽子を取りながら室を出た。後をも見ずに力強い大股で、階段を下り、階下の室を通りぬけ、表へ出た。後ろから誰かの呼び声がした。十歩ばかりして振り返ると、四五人の人影が蓬莱亭の入口に立っていた。周平はかっと唾をしてまた歩き出した。
 月の光りが冴えていた。晴々とした大空が頭の上にあった。新しい運命がぎーいと音を立てて開けてくるのを、彼はじかに胸に感ずる心地がした。


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