代錯誤だ、もしくは、一種の僻みだよ」
 周平は村田の言に逆説を認めはしたが、最後の言葉を聞いて、先日保子からも僻みだと云われたことを思い出した。果して自分のうちに一種の僻みがあるのかしらと考えてみると、僻みとまでは云えなくとも、少くとも余りに神経過敏の点が認められた。彼は厭な気がした。その問題に触れたくなかった。ふと思い出して、別のことを云い出した。
「先刻《さっき》君が云いかけた横田さんの野心というのは、一体どんなことだい。」
「うむ、あれか。」と答えて村田は一寸眼を見据えた。「なにつまらないことだよ。誰にだって、野心だの抱負だのはあるものだからね。……それよりも、面白い話をしてきかせようか。君の参考にもなるかも知れない。」
「是非きかしてくれ」と周平は云った。
 それでも村田はなかなか云い出さなかった。周平が促すと、困ったような眼付をした。
「さあ……君になら云っても構うまいけれど……然しこれこそ本当の内密《ないしょ》だぜ」
 村田は杯をぐっと一口に干して、次に煙草を一息深く吸い込んで、それから話しだした。
「君が教えてやってる隆ちゃんね、あれは横田さんの子でもなければ、奥さんの子
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