誰とも知れない無数の眼から見られてる気がした。彼は逃げるように飛び出した。
 寒い空気がひしひしと四方から迫ってきた。彼は肩をすぼめて当もなく歩きだした。頭の中の混乱がそのまま静まり返った。種々のことがぽつりぽつりと分ってきた。電柱に突き当りかけて身を交した時、眼に涙が溢れてるのに気づいた。気づくと同時に、はらはらと頬に流れた。然し彼はそれを拭おうともせずに、なお歩き続けた。立ち止るのが恐ろしかった。

     四十

 周平は、脱することの出来ない罠に囚えられてる自分の姿を、まざまざと見るような気がした。噂が単にお清とのことだけなら、笑って済すことが出来た。然し、保子とのことは堪えられなかった。保子とお清と二人一緒のことは、更に堪えられなかった。全く無根の噂ならば、まだ平然として居れるわけだった。けれどもそれは、たとい事実としては無根であっても、彼の心の中のこととしては、無下《むげ》に否定出来ないものがあった。
 彼はも一度、自分の心の中を覗き込んだ。――お清の方は、初め一種の好奇心を以て近づいていったのだったが、疑惑が消えると共に、もはや其処には愛慾しか残っていなかった。自分の踏
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