の威圧を受けた。それが更に先刻の狼狽の上につみ重なってきた。しまいには、淡く自棄《やけ》の気持にまでなった。
 それにしても、あの事を横田が知らないらしいのは不思議だった。たとい保子の心から出たことだとしても、横田には一応相談があってる筈だった。平素彼等夫婦の深い親和を見馴れている周平には、どうも腑に落ちなかった。そして、自分がへまなことを云い出したのではないかという、疑懼の念が起った。
 彼は捨鉢と不安との気持に囚えられた。夕食の御馳走になっていけと勧められるのを、むりに断って辞し去った。村田も一緒に立ち上った。玄関へ保子が送ってきた。周平はその顔をちらと見たが、いつもの通りこだわりのない表情だった。

     五

 周平は村田と肩を並べて、暮れかけた街路を歩き出した。
 風が可なり強くなっていた。南の方からむくむくと起ってきた黒雲が、空の半ばを蔽っていた。夕暮の色と雲の影とが一つになって、不気味な薄闇を地上に漂わしていた。二人は肩をすぼめながら歩いた。
 周平は変に気懸りになってきた。保子が好意を以て内密で取計らってくれたことを、横田の前にさらけ出したのではあるまいか、というよ
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