書を手にしたまま飛び起きた。窓の戸を開け放った。涼しい空気が流れ込んできた。彼はまた其処に坐って、二度くり返して葉書の文句を読み直した。それからその名前をじっと眺めた。
 初めの驚きと喜びとの胸騒ぎが静まると、彼は変な気がしてきた。横田保子と口の中で云ってみた。見知らぬ人の名前にでも出逢ったような気持だった。彼にとっては、横田というのは主人|禎輔《ていすけ》の方のことであり、保子というのは――勿論横田夫人ではあるが――なつかしい「彼女」のことであった。横田保子と両方くっつけた名前を彼は嘗てはっきり頭に入れたことがなかったのである。彼はまた横田保子と口の中でくり返した。
 それに自ら気づいた時彼は、自分が如何なる地位に在るかをはっきり感じた。自分の態度をきめてかからなければならないことを感じた。
 もう横田の家から身を退くのが至当だと思い、保子との約束だけを心に秘めて自分一人の途を進もうと思ったのは、単なる気持の上のことだけだった。それが今は、保子の葉書をつきつけられた今は、ごまかしを許さない実際の問題となったのである。
 彼はその半日考えあぐんだ。然しいくら考えても解決される問題ではな
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