す。先生の本箱の抽斗にあったのを……。」
保子がさっと顔色を変えて少し身を押し進めてきたのを、周平は顔を伏せながら感じた。然し彼の心はもう動揺しなかった。云ってしまうと、絶望の底に自分自身を投げ出したような、一種の無感覚な惘然とした気持になった。そのままでいやに真剣に落着き払っていた。
保子も黙っていた。しいんと音がするような夜だった。隆吉は向うの室で眠っていた。電灯の光りがだだ白くて明るかった。周平は静かに顔を挙げた。石のように凝り固まった保子の顔がすぐ眼の前にあった。
「井上さん、」と保子はやがて云った、「あなた吉川さんのことを誰かに聞いたんでしょう。」
「ええ聞きました、嘘だか本当だか分らないような話を。然し誰からだかは尋ねないで下さい。」
「そしてあの日記を探す気になったのね。」
「いいえ。偶然に見つけたのです。」
「嘘。偶然に本箱の抽斗をかき廻す人があるものですか。」
「他のものを探すつもりだったのです。」
「何を?」
周平は首垂れた。ひとりでに涙が湧いてきて、眼瞼からこぼれそうになった。然し感動してるのではなかった。その涙を側からじっと見戍ってるような[#「見戍ってる
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