ようにも、また単なる親しみや好意のみであるようにも、考えようによって何れにも思われた。種々のことを考え合してみると、前の二つが余りに自惚れすぎてるともいえなかったし、それかって、後の一つだとの断定も出来かねた。
吉川のことから離れて、問題を右のことに置いてみると、彼はのっぴきならない破目に陥ってる自分自身を見出した。それは現在当面の問題だった。而も凡てが疑問のみで、何一つ確かなものを掴み得なかった。
もしも、自分が保子を恋し保子が愛してくれるとしたら……そこまで想像して彼は駭然とした。然し、そんなことになり得ないとは云えない情態だった。今のうちに何とかしなければいけなかった。と云って、どうしていいかも分らなかった。自分の心がどう転がってゆくか、それが不安で堪らなかった。而も更に悪いことには、その不安がひそかに彼の心に甘えていたのである。
十三
周平が一人で思い惑ってるうちに、いつしか暑中休暇になった。そして、八月はじめから約一ヶ月余りの間、横田の家は家族全部で――と云っても、横田夫婦と隆吉、それに女中が一人伴して――常陸の海岸へ避暑することになった。其処に、水戸に居る親戚の別荘があるのだった。
不在中は女中一人きりだった。それが不用心だというので、周平は留守居を頼まれた。
「ね、いいでしょう。」と保子は云った。「下宿の狭い室でごろごろしてるよりは、家に来て勝手に寝転んでいらっしゃいよ。それにまた、下宿に居るとすれば、高い室代や食料を払わなければならないでしょう。わざわざ苦しんでそんな不経済なことをしなくてもいいわ。ねえ、そうきめとくわよ」
「だって……。」と周平は呟いた。
「何がだってなの。……男って決断力の鈍いものね。私はもうそれにきめてるのよ。井上君にも種々都合があるだろうからって横田が云うものだから、一寸相談することにしたの。けれど、もうきまってることなのよ。」
周平は苦笑しながら、兎も角も承諾した。実際の所、暑い中をすることもなくて下宿に転がってるよりは、広い家に留守居をしてる方がずっとよかった。その上、九月後の授業料のことも多少気にかかっていた。八月一杯下宿料が助かるとすれば非常に便宜だった。
然しいざとなると、彼はさすがに躊躇した。たとい不在中にもせよ保子の家で日を過すことは、自分の苦しい心の上に、更に悪い影響を与えはすまいかと恐れられた。また一方から云えば、彼女の旅行は、彼女から全然離れた所に自分の心を置いてみるのに、またとない機会であった。改めて何等かの口実で断ろうかとも、彼は考えた。然し決断をしかねてるうちに、その日となってしまった。
おかしな日だった。周平は朝早く起きて窓を開いてみた。空も地上も薄暗かった。今にも雨が落ちて来そうだった。今日は雨だから出発は延びるのだろう、と彼は思った。そして愚図々々していた。六時半頃雨傘を手にして出かけた。途中で、ふいに朝日の光りがさしてきた。空はいつしか綺麗に晴れ渡って、木立の陰に霧がすっと靉いていた。曇りだと見えたのは霧のせいだった。彼は足を早めた。
横田の家へいくと、もう出発の用意が出来ていた。
「なんだ、傘を持ってきたのか。」と横田は云った。
「ええ、雨かと思ったものですから。」
保子が笑みを含んだ眼で睥むようにして彼を見た。然し彼女は黙っていた。忙しそうだった。
彼は食事前だったから、大急ぎで朝食をした。それから、皆より一足先に出て、電事で上野駅へ見送りにいった。
朝も早いし、一ノ関までの列車でもあったせいか、乗客はわりに込んでいなかった。見送り人の少い妙に寂しい歩廊を、周平は腕を組んで歩き廻った。汽車の出るのが非常に待ち遠いような気がした。
「食べ物でも何でも、好きなように女中へ仰しゃいよ、あなたが家の中の主人だから。」と保子は云った。「でも、勝手に夜遅くまで飛び歩いたりなんかしちゃ駄目よ。……面白いことがあったら手紙をあげるわ。」
周平は黙ってその顔を見返した。
汽車が出てから、隆吉がいつまでも車窓へ首を出してこちらをじっと見ていたのが、変に周平の頭に残った。
彼はぼんやり佇んで、列車の姿が消えるまで見送っていた。淋しい気もした。ほっと安心の気もした。
十四
周平は斯くして、横田の家で暑中を過すことになった。眼の小さな足の短い肥った女中が、万事を世話してくれた。
平素来馴れた家ではあるけれども、居るべき人々が居なくてひっそりしてるので、初め彼は旅にでも出たような気がした。室の隅に寝転んだり、庭を歩いてみたりした。凡てが珍らしかった。
然し、一週間もたつうちには、その珍らしさがなくなって、室の中の様子から庭の隅々まで知りつくすと、とりとめもない漠然とした空虚を覚えだした。
友人等は大抵東京を離れてい
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