よ)――どうしたのと聞いても、訳を話さない。なおよく尋ねると、学校でいやな目にあったと答える。修身の先生に、両親《ふたおや》の無い人は手を挙げてごらんなさいと云われて、隆吉は手を挙げた由。するとその後で、授業がすんでから、先生がいらして、いろいろ慰めて下すった。そして、悲しいことがあってもじっと我慢して、なおよく勉強なさいと云われた時、隆吉は、両親がなくてもちっとも悲しくない、と答えたそうである。それを先生は、隆吉の痩我慢だとして、そんな風に意地っ張りになるのはよくない、素直にしていなければいけない、と長々云いきかせられた。隆吉は、自分は少しも意地っ張りのことを云ってはしない、と答えた。そして先生と喧嘩をしたんだとかいう。
 話を聞いても、私にはよく分らなかった。それで、先生に云い逆うのは悪いから、これからは何を云われても黙っていらっしゃい、とただそれだけ云って、あとは慰めておいた。
 何かのついでに、右の話を横田にした。すると横田が云うには、それは先生が悪い、同情の押し売りをしたのだ、隆吉はそれを暗々裡に感じて、それでつっかかっていったのだと。私にはその解釈が余り勝手なように思われたので、とにかく同情は同情として素直に受ける方がよい、と答えた。横田は、子供は同情を求めるものではなくて、愛を求めるものだ、と云う。けれど同情から愛が深くなることもある、と私は云った。同情の愛は不純なもので、そういうことに隆吉のような子供は殊に敏感である、と横田はいう。それから、同情と愛ということについて、二人で一寸議論をした。そして、結局分らずじまいに終った。

 保子は読んでしまってから、また、「どう?」というような眼付で周平の顔を見た。
 周平はやはり何とも答えなかった。彼は其処に書かれた事柄よりも、それを読んできかせる保子の心の方に多く気を取られた。内密の日記を読んできかして、一種の輝きを帯びた露《あらわ》な眸で、彼の方を、じっと窺っている彼女の心を、彼はどう取っていいか分らなかった。単なる親しみからだとしては、読まれた二つの記事が余りに彼の心に触れるものだった。何かを試されてるのではないかという気もした。
「何を考えてるのよ、黙ってばかりいて。張り合いのない人ね」と保子は云って笑った。それから急に調子を変えた。「あああなたは急ぐんでしたね。構わないから、その書物を持っていらっし
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