ね。或は一種の罪亡しのためかも知れないが、それでは余りに善良で愚昧すぎる。お祖母さんに対する同情と感激とからだとするなら、何も老人を女中奉公に出さずとも、他に方法がありそうなものだ。一体横田さんには一寸底の知れない深さがあるから、何を考えてるのか想像のつかないことがよくあるのだ。そのことだって、何か考えがあってのことだろう。或は保子さんのあの生一本《きいっぽん》な性情から出たことかも知れない。それは兎に角として、横田さんの申出をお祖母さんは非常に喜んだ。そして子供は横田さんの家に引取られた。それがあの隆ちゃんなんだ。お祖母さんの方は、或る下町の、何でも株屋の主人とかいう話だが、そこの女中の取締みたいにして雇われてるそうだ。針仕事が非常に上手なので、殊に重宝がられて、わりに幸福だとかいう話だった。」
村田が話し終えるまで、周平は注意深く聞いていた。うっかり信用出来ないぞという気がした。村田の話には余りに主観的の分子が多かった。説話と註解とが同じ位の分量になっていた。そして肝要な点が妙にぼやけてるくせに、或る部分は余りに深く立ち入りすぎていた。
「どうして君はそう詳しく知ってるんだい。」と周平は尋ねた。
「吉川さんの家と親しくしていた人があって、僕はその人から直接に聞いたことなんだ。確かな事実だ。……ただ、心理の方面のことは、分り易くするために僕が解釈を下したんだが、全く事実に即しての上だから、間違いはない。」
確信の調子で得意然としてる村田の顔を、周平は暫くじっと見戍っていた[#「見戍っていた」は底本では「見戌っていた」]。未来の小説家を以て自任してる村田のことだから、事実を歪めて勝手な想像を加えてる点が、必ずしも無いとは云えないのだった。然し話の全体の筋は何としても肯定せざるを得なかった。
幸福なるべき横田の家にあって、なお隆吉の身にまつわってる淋しい孤独の影を、周平は思い合した。
「横田さんや奥さんは、今でもなおそのことを苦しんでるだろうか。」
「さあ……。」と村田は答えた。「然し何事でも、当事者になると側《はた》から想像するほど苦しむものじゃない。人生は寧ろ一種の喜劇だからね。真剣のつもりでも案外冗談のことが多いものなんだ。」
「その代り、冗談のつもりでも案外真剣のことが多い場合もある。」
「それはそうさ、だから人生は喜劇なんだ。」と村田はいやにそのことを
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