だい。僕にはまだ分らないが」
「至極簡単なことじゃないか。」と村田は云って、確信の調子で説き明した。――横田さんが周平の言葉に取合わなかったのは、心あって空呆《そらとぼ》けたのだ。横田さんは人に恩を売ることが嫌いな人格者だから、わざと知らない風をして、周平に気持の上の負目《おいめ》を与えまいとしたのだ。また、もし奥さんが内密でしたことならば、初めに何とか断る筈だし、次に周平が金を返しに行った時、そんなに高飛車に出る筈はない。横田さんと相談の上だという強みがあるから、高飛車にも出られたわけだ。それをとやかく気を廻すのは、更に愚を重ねることになる。素直に向うを信頼すべきである。
 周平はそれらのことを黙って聞いていた。そして、横田さんの態度はよく腑に落ちた。然し奥さんの方は、何だかそれだけでは解き尽せないような気がした。それかって、別な理由も見出せなかった。で結局は、村田の意見を最も至当なものと認めるの外はなかった。
「どうだ、明察だろう。」と云って、村田はつんと頭を反らした。
「大体はそれで分るようだが……。」それでも周平はなお一寸逆ってみたかった。
「大体だけじゃない、すっかり分ってるさ。それにきまってるよ。それにねえ、横田さん夫婦は、君が想像するような水臭い間《なか》じゃない。僕はそのために一寸困ったことがあるんだ。」
 村田はくるりと後ろを向いて風を避けながら、煙草に火をつけた。そしてこんなことを云い出した。
「僕は金がなくなると、よく奥さんに小遣を借りに行くんだがね……。」
 周平は驚いて彼の横顔を見やった。平素可なり贅沢をしている村田にそんなことがあろうとは、何としても不思議だった。それに、保子とも村田とも随分親しくしているが、まだ嘗てそんなことを、言葉には勿論、様子にも見せられたことがなかったのである。彼は黙って話の続きを待った。「勿論借りっ放しさ。」と村田は平気で云い続けた。「然し、横田さんに知られると一寸困るものだから、奥さんにはその度毎に、内密《ないしょ》にして下さいと頼んでおいた。所が、或る時横田さんから、何かの話のついでに、君のように妻から度々金を引出すのも困ったものだと、だしぬけに云い出されて、僕は実際弱っちゃった。横田さんが、云ってしまってから、はっと気付いたように口を噤んだので、僕は猶更|悄《しょ》げてしまった。……頼んでおいたことでさえこ
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