まいには陰鬱な色に塗られた。そして自分の身の上にも反射してきた。二人相並んだ孤児! というように彼の頭に映じた。
 彼は隆吉をしみじみと見戍った。隆吉はその眼付に縋りついてきた。
「僕ね、大きくなったら画家《えかき》になるよ。」
 突然のことだったので、周平は眼を見張った。
「だって、隆ちゃんは絵が嫌いだったろう?」と彼は尋ねた。
「うむ、好きだよ。」
「どうして好きになったの。」
 隆吉は暫く黙っていたが、独語のようにして云った。
「展覧会にあるような絵が描いてみたいなあ。」
「もう展覧会に行ったの。」
「叔父さんと叔母さんとだけで、僕は行かなかったけれど、新聞にその写真が幾つも出てたよ。」
「そして、あんな絵が描いてみたいって云うの。」
 隆吉は何とも答えないで眼をぱちくりさした。暫くたってから低い声で云った。
「僕ね、お父《とう》さんの絵を描くつもりだよ」
 周平はその顔を見つめた。そして、掌の中の小鳥を虐《いじ》めるような一種残忍な興味で尋ねてみた。
「お母《かあ》さんは?」
 隆吉は口をつんと尖らして、凸額《おでこ》の下に上目勝に眼を見据えた。
「お母さんは悪い人だって」と彼は云った。「お母さんのことを云っちゃいけないって、お祖母《ばあ》さんが云ったよ。けれど僕は、お母さんの絵も描いてやるんだ。構やしない。お母さんはそんな悪い人じゃないよ、屹度。僕に悪いことが起ったら、お母さんが助けに来てくれるような気がするよ。お父さんは死んだんだけれど、お母さんは生きてるんだって。本当? そんなら僕探し出してやるよ」
 怒ってるのか泣いてるのか分らないような調子だった。云ってしまってからも軽く身体を揺っていたが、すぐにそれをぴたりと止して、不快らしい皺を眉根に寄せ、何やら考え込んでしまった。
「どうして探し出すの」と周平は追求した。
「分らない。大きくなってからだよ。」
「お母さんの顔を覚えてるの?」
「覚えてない。」
 隆吉は吐き出すようにその答えを投げつけてから、此度は本当に怒ったらしかった。口をきっと結んで眼を伏せながら、いつまでも黙っていた。

 その気持が、周平にも感染してきた。誰にともない暗い憤りを身内に覚えた。
「隆ちゃん、」と彼は云った、「お父さんはどうして死んだか知ってる?」

 隆吉は黙って彼の顔を見返した。問いの意味が分らないらしかった。
「お父さ
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