敷にだけ、彼女はいるのだ。
 その彼女は、いつも髪をきれいに結っている。どんなに乱酔してもその髪を乱さない。顔から肩にかけて、いつも白粉がぬられていて、決して素肌を見せない。水で洗ってもそれは落ちないだろう。眉が太く、眼が近視らしく、大まかな顔立だが、なにか巧妙な糸で操るような微妙な表情をしながらも、決して相好を崩すということがない。大きく衣紋をぬいた着附だが、襟元はきっちり合さって、帯は常に寸分の狂いもない位置に定着している。上半身は反り加減に、胸も背も板ででも出来てるようで、腰だけでしか屈伸しない。ぴたりと端坐する膝は、蝶番のようで、横坐りには片手を畳につかなければならない。その全体が、いつも香水の仄かな匂いをつけ、それが肌身にまでしみこんで、体臭というものがない。寝床にはいるにも、長襦袢に伊達巻をきりりと胸高にしめ、肉附の多い体躯を軽やかに横たえ、そしていつもきまった姿態を崩すことがない。――すべてが、一定の型にはめられている。
 喪失したのは、そういう肉体だ。一定の型に訓練され馴致された肉体だ。それは桃代であろうか。いや誰でもよいのだ。それならば、あの桃代はどこにいるのだろうか
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