さむざむとした思いで、一人考えこんで、飲んでいると、いつのまにか喜美子が来ている。じっと見返すと、喜美子も私の方をじっと見ていたが、ふいに、涙をはらはらとこぼす。声も立てず、肩も震わせず、ただ涙だけが流れる。自然に雨が降るような泣き方だ。桃代の枕頭にいた時と同じだ。
 その涙がやむのを待って、私は尋ねた。
「喜美ちゃん、桃代は亡くなる時に、何か言いはしなかったの。」
 喜美子は頭を振る。
「何にも言わなかったの。」
「ええ。だけど、その前に、しんみり言ったことがあるわ。」
「どんなこと。」
「男のひとに、決して肌身を許してはいけないって、そう言ったわ。一人のひとに許すと、また、二人めのひとに許すようになる。二人めのひとに許すと、また、三人めのひとに許すようになる……。」
 そして彼女は宙に眼を据えて、何かを思い出そうとする様子で、言い続ける。
「それから、たしかなひとと結婚なさいと言ったわ。そしてまた言いなおしたの。一人のひとと結婚すると、また、二人めのひとと結婚するようになる。二人めのひとと結婚すると、また、三人めのひとと結婚するようになる……。」
「それで。」
「それだけよ。
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