こまごました器物は取り片づけられてる、簡素な感じの室で、小さな床の間に、香炉が一つ置かれている。そのそば、青銅の花瓶に、真白な木蓮の花が活けてある。――ほのかな香りが漂ってくるのは、香炉からではなく、白木蓮の花からだった。
「あれ、喜美ちゃんが持って来たの?」と私は尋ねた。
 喜美子はもう泣きやんでいて、すがすがしい感じの頷き方をした。
「あの花、たいへん好きだったわ。だから、あたし、活けてあげたの。前にも、なんども持ってきたわ。」
 それは私も知っている。――加津美の狭い庭に、分不相応とも言えるほど大きな木蓮の木がある。板塀より高く、低い植込みの上に、すくすくと伸びあがり、枝を拡げていて、春先には、真白な大輪の花を一面につけ、あたりに芳香をまき散らす。その花を、喜美子は桃代に持ってってやった。私も二度ばかり、花の小枝を折り取る役目をさせられた。だがこの花、活けるには厄介な枝ぶりで、桃代と喜美子はそのためにずいぶん時間をかけた。
「ご免なさい。お待たせして……。でも、あれ、活けるのに面倒よ。」
 一人で待ちくたぶれて、そして飲んでいると、桃代は上気した顔でやって来て、二階の座敷のすぐ前
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