て、その下に巣くってる蟻共が、驚き騒ぐのを見るように、この都会の人家を中天に巻き上げて、無数の人が右往左往するのを見たならば、さぞ面白いことだろうと、そんなことを考えていた。
 空は茫と霞んで、星が淡々しかった。なま温んでる空気が横町にはいると処々に、咽せるような新緑の香を湛えていた。いい気持の晩だった。しっとりと落付いていた。私はいつまでも歩き続けたいのを、家に帰ることが義務ででもあるかのように、遠廻りもせずに帰っていった。
 家の近くまで来ると、急に気が弛んだせいか、足がふらふらするのに気付いた。そしてふとよろけかかったのを、手先で門につかまって、立直りざまがらりと引開け、その余勢でぴしゃりと閉めた。そして玄関までの石畳を、前のめりにすたすたと歩いて、格子を勢よく引開けたが、玄関の三和土《たたき》に足がかりを失って、右左によろめいたのをきっかけに、頭の中もふらついて、眼の前のものがごっちゃになった。それでも私は戸惑いをせずに、勝手知った茶の間へ通った。帽子とマントとを脱ぎすてて、次に羽織まで脱ぎ払って、長火鉢の前に腰を下し、先ず一服と煙草を吸ってみた。
 所が、妙に勝手が悪かった。
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