して顔を見てみたい、というより寧ろ、その生活を覗いてみたい、そんな気がしきりにしてきた。と共にまた、向うから自分達の生活を透し見られてはすまいか、何もかもすっかり聞き取られてはすまいか、そんな不安も一方に萌してきた。互に矛盾した気持ではあるが、それが一緒にこんぐらかって、変に私を囚えてしまった。
「あなたはどうしてそう、お隣りのことばかり気にしていらっしゃるの?」と妻は私に尋ねた。
「余り家の形が似てるからさ。」と私は答えた。
然しそればかりではなかったらしい。そして、その自分にも分らない何かが、やがてはっきり形を現わしてきた。
或る土曜日の晩だった。一度家に帰ってきた所を、四五人の友人と町で夕飯を食いに出かけ、飯だけで済すつもりなのがつい酒になり、酔が廻ると長引いて、それからも一軒寄って飲み直し、皆と別れて一人家の方へ帰ってゆく時には、私はもうすっかり酔っ払っていた。それでも気は確かだった。そして街路に明るくともってる電気や瓦斯の光のように、頭の中も明るく輝き渡っていた。電車の中や大通りにつみ重ってる人の顔が、どれもこれも皆親しみ深くて、そしてまた物珍らしかった。大きな石をめくっ
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