はてなと思って気がつくと、長火鉢の位置が変っていた。工合悪く据え直したものだな、という思いと一緒に、妻の顔付が頭に浮んだ。もう寝たのかなとは思ったが、「おい春子、」と呼んでみて、ひょいと顔を挙げると、眼の前に、室の入口の敷居の所に、背のすらりとしたハイカラな女が、眼を真円く見開いて立っていた。その威に打たれたわけではないけれど、私はぴょこりとお辞儀をした。
「いらっしゃい。あの……妻は何処へか……。」
 云いかけているうちに、私は突然はっと気がついた。見ると向うの隅には、女中らしい見馴れない女が、笑ってるのか泣いてるのか分らない顔付で、私の方を見つめて立っていた。そして室の中の有様が、長火鉢から茶箪笥から釘に懸ってる衣服まで、自分の家とは全く様子が異っていた。しまった! と思うと同時に度を失って、もうどうにも我慢が出来なくなって、脱ぎ捨てた帽子とマントとを引掴み、「失礼しました、」と云い捨てながら、前後の考えもなく表へ飛び出してしまった。
 私は酔もさめて、よく眺めてみると、自分の家と隣りの家とを間違えて、のめのめはいっていったのだった。そして長火鉢の前に坐り込んだばかりでなく、恐らく
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