どこへ向いてるのか見当がつかないで、怪しい変梃な気持になって、それでも、隣りの家と自分の家とを間違えないように用心して、つかつかとはいっていった。
子供を寝かしつけたばかりの妻が、私の足音を聞いて出迎えてきた。私はそれと、室の入口でぱったり出逢った。まごう方ない自分の妻だった。
「お前は春子だね。」
「まあ、あなたは!……また間違えてお隣りへ飛び込みなすったの?」
瞬き一つしないで呆れ返ってる妻の顔と、それから向うに、くすくす笑いながら渋め面をしている女中の顔とを、私はじろりと見やったが、俄に我ながら可笑しくなって、あはは……と高く笑い出してしまった。
「間違えるものかね。あべこべに、間違えられやしないかと心配したくらいだ。」
「心配ですって!……間違えられる方なら、いくら間違えられたって平気じゃありませんか。」
「平気……そうだ、間違えたって間違えられたって、そんなことを構うものか、平気なものさ。」
そして私はばかに嬉しくなって、室の中をぐるぐる歩き廻った。こんなちっぽけな家の中にくすぶってるのが、何だか勿体ないような気さえした。
「おい、一緒に散歩に出よう。」
妻は返事もし
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