、まだ未解決のままなんだ。」
「未解決だって、それじゃ困るね。」
「ああ困るよ。」
それから私達は思い出したように、冷えきっている珈琲をすすった。そして熱いのをも一杯貰った。それをふうふう吹きながら、彼は湯気の向うから私へ云った。
「僕のは人の顔だし、君のは人の住居だし、どちらも一寸困ることだね。これが二つ一緒になったら、もう立派な気狂だ。」
気狂と云えば、彼だって私だって隣家の主人だって、もう半ば頭が変梃になってるのかも知れない。そして私の眼には、顔と顔とがごっちゃに重り合い、家と家とがごったになってる、何にも見分けのつかない混乱した世界が、ぼんやりと見えてきた。うっかりしちゃいられない! そう思うとむやみに気にかかって、私はそこそこに友人と別れて、家の方へ帰っていった。家に誰かはいって来てやしないかしら、妻が誰かの妻君と間違えられてやしないかしら、いやそう思ってるこの自分自身が、自分の家や自分の妻を見違えやしないかしら、自分自身を取違えやしないかしら……それが馬鹿馬鹿しいことだけに一層不安になって、大急ぎで足を早めた。
そしてまた一方には、なぜかしら、なぜかしら? としきりに
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