が、頭の中で二つになったり一つになったりした。
「其後、或る薄暗い雨の日だった。僕は込み合った電車の吊革にぶら下って、この電車がひっくり返ったら……などと呑気なことを考えていると、すぐ向うにNが立っていた。はっと気付いて声をかけようとすると、向うから先を越されて会釈をされた。その瞬間だ、僕にはそれがNNに違いないと思われた。どうもNではない。で僕はNNによく話をしてみて、今迄互に何か思違いをしていたことに、きっぱり解決をつけようと考えた。そして歩み寄って行くと、向うからこう云われた。『僕はここで失礼します。僕の下宿はこの向うの○○館ですから、どうかちと……。』そして彼は電車を降りていった。僕は全く茫然としてしまった。いつかちらと聞いたことを思い合せると、其の下宿は君、やはりNの下宿なんだから。」
卓子の上に両肱をのせ、少し前屈みになって、じっと一つ所を見つめてる彼の眼付――妙にぎらぎら光るものと、沈んだ沈鬱なものとが、交る代る浮んでくる彼の眼付を、私はぼんやり見守りながら、話が途切れても一寸は気付かなかった。暫くして私は漸く促した。
「それから、どうした?」
「どうって、それっきりさ
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