して僕達はこういう会話をした。――『何処へおいでですか。』――『一寸神田の方まで。』――『そうですか。……僕の家はすぐこの向うですから、おついでの時にはお寄りになりませんか。』――『ええ、有難う、そのうちに是非。』――そこへ電車が来た。Nはそれに乗った。僕は反対の方へ行くのだった。『では失礼、』そう云って別れた。
「それから三十分許りの後、僕はBの家へ行った。驚いたことにはNが来合していた。僕は変な気がして尋ねてみた、『あなたは先刻、神田の方へ行くと云ったんじゃないんですか。』するとNは腑に落ちない顔付をした。よく聞いてみると、彼はもう二時間の余もBの家で話し込んでいたんだそうだ。
「僕の話を開いて、BもNも笑い出してしまった。そして結局、僕が人違いをしたのだということになった。してみると、僕が前に停留場で言葉を交わした男――それをかりにNNとすれば――そのNNも随分気楽な奴に違いない。
「所が僕には、NとNNとの区別がどうもはっきりしないんだ。二人の顔はどっか違ってるようでもあれば、また同じようでもあるし、何だかぼんやりとこんぐらかってしまった。
「種々の記憶を辿ってみると――僕は日
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