あるものだろうか。人間の顔は皆よく似寄ってるものかしら。僕は電車の中で、向う側にずらりと並んでる人の顔を、一々注意して見たことがある。所がどれもこれも皆違ってるね。見違えるほど互によく似た顔というものは、一つだってありはしない。勿論兄弟だの二子《ふたご》だのには、随分よく似た顔もあるだろうが、それだって、見違えるほどのものは少いだろうじゃないか。
「所が僕には前に云ったようなことが度々起るんだ。そしてそれはいつも、僕の心が愉快にのんびりしてる時のことなんだ。君、人間は心が愉快にはずんでる時は、何もかもごっちゃにしたがるものだろうかしら。それともそういう気持は僕一人きりなのかしら。
「或日のことだった。僕は或る友人――かりにBとしておこう――そのBの家へ行こうと思って、電車の停留場まで歩いていった。その時僕は、快活の発作……と云っちゃ変だが、兎に角非常に楽しい気分になっていた。西洋人の子供かのように、軽く足を踊らして人道の縁石の上を歩いていた。すると向うに、一人の知人――かりにNとしておこう――そのNが立っているんだ。僕はつかつかと歩み寄って、軽く会釈したものだ。向うでも会釈を返した。そ
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