山通ってる。その顔がみな親しく感じられて、おい! と僕は呼びかけてさえみたくなる。ばかりならまだいいけれど、とんだ思い違いをすることがよくある。通りすがりにちらと見た顔が、どうも或る知人の顔だと思えてくる。で後を追かけていって、そっと横から覗いてみると、そいつが人違いなんだ。向うは変な顔で見返すし、僕は極りが悪くなって、そのまま黙って逃げ出してしまう。然しその後まで、何だか気になって仕方がない。実際その人は僕の知人であるのに、僕も向うも、何かの調子で他人だと思い違えたんじゃあるまいかと、そんな風に思われるのだ。
「それからまた、こういうこともある。向うから来る人の顔に、確かに見覚えがあるような気がする。それも非常に親しい記憶なんだ。ただその名前だけが、どうしても思い出せない。そのうちに、だんだん近寄ってくる。そして僕は帽子に手をかけて、お辞儀するでもなくせぬでもない、中途半端な態度を取ると、向うでは素知らぬ顔で通りすぎてしまう。呆気にとられてその後姿を見送ると、やはり僕の方の思い違いらしいんだ。と云って、そうばかりでも済まされない気持がする。
「一体君、他人の空似ということが、そう度々
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